子供の大事な道徳教育

先日、私がゴミ拾いをしている途中に公園で、子どもたちが遊んでいる近くのベンチに空き缶・ペットボトル・パンの空き袋が見えました。

フェンス越しに、大声で…

「そのゴミひろって、私のレジ袋に入れてもて来てちょうだい」いったら

「はい」といって三人の男の子が競争するように走って持ってきてくれました。

「ありがとう…公園はみんが使うもの…いつもあとの人が使う人のことを考えましょうね」

「はい分かりました。」…

とても素直に、爽やかな気分になりました。

これが本当の「道徳教育の実践」だと思いました。

子どもの「道徳教育」は、家庭・学校・地域でと言われていますが、それぞれの事情があって、なかなか思うように教育がされていないのが実情だと思います。今大人たちが、道路・公園などに平気で、ゴミのポイ捨てをしています。

「道徳教育」が子どもの頃に学んでいなかった?だから自分の子どもにも教育をしていない?のではないのでは…と思います。

そして、自分の子が悪くないと先生に文句をいう、いわゆる、自己中心的かつ理不尽な要求をする親…「モンスターペアレント」が横行まで出現するのです。

人間としての規範意識の醸成

子どもが年を重ね大きくなるにつれて、多くの人と出会います。そして社会人として巣立ちます。人間としての「規範意識」を備えて、立派な日本人…として世界にまで羽ばたく…夢を持ってもらいたいです。そして「人間として正しい生き方」をして欲しいと思います。

「人間として正しい生き方」…稲盛和夫

「小学校の道徳のようなことをいう」と笑う人がいるかもしれません。しかし、その小学生のときに教わったようなことを、私たち大人が守れなかったからこそ、いまこれほどまでに社会の価値観が揺らぎ、人の心が荒廃しているのではないでしょうか。

いま、子どもに向かって堂々とモラルを説ける大人がどれほどいるか。これはしてはいけないことだ、あれはこうすべきだと、明確に規範を示し、倫理を説ける。そういう識見と精神、重厚な人格を有した人物がどれだけ出てきたか。

それを思うと、私なども忸怩(じくじ)たる思いにとらわれないわけにはいきません。

正しい生き方とは、けっしてむずかしいことではないはずです。子どものときに親から教わった、ごく当たり前の道徳心 ― 嘘をつくな、正直であれ、人をだましてはいけない、欲張るな ― そういうシンプルな規範の意味をあらためて考え直し、それをきちんと遵守(じゅんしゅ)することがいまこそ必要なのです。