子供は親を選べない

「子供は親を選べない。」子供は親の愛情で育つといわれるがこの子達は・・・
「親は相手のスペアーを作れるが、子は親のスペアー出来ない。」
「自分が子供にとってどんな親であるか考えたことがあるのか・・・?」この頃の人は“子供を作る”“子供ができた”という表現をするが、以前は“子供を授かる”と言っていた。授かると作るでは大きな違いだ。
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子供は不思議なご縁、授かった、お預かりした尊い子供である。どう育てるのか、どう躾けるのか、自分の感情で怒ったり褒めたりして育てしまって、反省することは誰にもある。
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今になってもっと早く気が付けば良かったと子供に対して申し訳なく思っているひともいるろうだう。子供にとって幸・不幸は、両親が経済的な問題などの、社会的に地位の高いとか、要求すれば何でも聞いてくれる両親であるなどと言うことではない。
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両親がしっかりと父として、母としての役割を認識して、授かった大事な子供という意識を忘れず、2人力を合わせて正しい教育、躾ができる人であると思う。“できちゃった婚”で家庭を持った若い親では、中にはしっかりした立派な親もいるが、子供の躾などとてもできない親が多いのではないかと思う。
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躾どころか育て方も分からないから幼児虐待という事件が後を絶たず、幼い命が奪われる。悲しいことである。人間には、それぞれ色々な事情があると思うが、家庭制度の復活を願いたいものだ。
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年寄りとの一緒の生活は嫌なこともあるだろうが、子供を育てるのに教えられることも多く、自然と躾もできると思う。家族制度と言うことはその家庭内で家族の絆が深まり、会話が生まれ、心の安らぎを味わうことができる。
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そうした生活の中には自然と家族の習慣がある。朝起きたらまず顔を洗い、夫婦、親子、兄弟の中でも“おはよう”の挨拶を交わし、それから食卓に着き揃って食前に“いただきます”を言い、食事をいただき、終わりにも食後の“ごちそうさま”を言う。
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その後それぞれが元気に“行ってきます”と挨拶して学校や職場へと出かける。家に帰って来て、食卓を囲み、今日1日の出来事を語り合う。夜休む時には“おやすみなさい”と挨拶を交わし床につく。
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こうした生活の中には自然と親子の強い絆が深まり、親は子を信頼し、子は親を尊敬するようになるのではないでしょうか。
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.近所に若い新婚さんが、引越しされてきたのかと思った。高齢化が進む、ご近所で若い人が仲間に入ることは活気が出てよいことだと思って喜んでいた。アパートに入居され生活を始めた。半年ぐらい経って、男の子が生まれ、その2年ぐらい後に、次男が生まれ、二人で遊ぶ姿が見られた。
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旦那さんは、配送の仕事で、夜の仕事も多いというので、昼間は殆ど姿を見ることがなかった。最近は奥さんも、姿が見せないで、どうしたいるのだろうと思っていたのだが、お隣の方に聞いたら、離婚して旦那さんは、行方不明となってしまったという。子供二人は、無邪気に外で遊んでいて何も知らない。
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近所の噂では、夫婦ではなく、男と女が、お互いに好きで、出来ちゃって、一緒に生活していたという。そうして別な女が出来て、別れしまったのだという。その上女の身体は、妊娠5ヶ月という。しかも結婚ではないらしい。結局、女と子供二人は、何処かへ転居してしまった。可哀そうなのは子供である。
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大阪地裁・・・2児虐待死 下村被告に無期求刑 検察「前例ない事件」ニュースがあった。産経新聞web記事・・・大阪市内のマンションで幼い姉弟2人の遺体が見つかった虐待死事件で、殺人罪に問われた母親の無職、下村早苗被告(24)の裁判員裁判の論告求刑公判が12日、大阪地裁(西田真基裁判長)で開かれた。
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検察側は「わが子2人を過酷な飢餓状態にさらし続けた前例がない事件。2人の絶望感は筆舌に尽くしがたい」として無期懲役を求刑。弁護側は被告に殺意はなく、保護責任者遺棄致死罪にとどまると主張して結審した。
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高校教諭である下村被告の父親が証人出廷した。
父親は、下村被告が幼いころに自身が離婚や再婚を繰り返したことで不安定な家庭生活を送らせた、と証言。「子育てには自分なりに最善を尽くしたつもりだったが、こんなことになり、孫には申し訳ない。自分も罪を背負って一生償っていきたい」と述べた。