真っ直ぐに生きる

「真っ直ぐにいきる」・「目標を持って生きる」ことは大事なことで、それに向けて正直に、真っ直ぐに生きる―ー自分の心に正直な心で生きることだ。人間だから過ちはある。間違えることも、ミスもある。知らずに人を傷付けていることもある。

でも、間違っていると気が付いたなら、その時点で、素直に謝って、同じ過ちなどはしないように努力しようとする心を持つことだ。むろん、それでも再度、繰り返してしまうかもしれないが・・・

そして、自分の心に嘘を付いてはいけないんだ。自分の気持ちを誤魔化してはいけないんだ。自分の思う通り、自分が正しいと信じる通りに生きていくことである。

非常に難しいことだが、真っ直ぐに生きるということである。他人を羨ましいと思う心、人より先に行きたいと思う心、人より良い生活をしたいと思う心などである。それを全て捨てて生き、過ちを恐れてはいけない。繰り返さないことが大切と思う。

「シリーズ法話・今月の法話・京都花園 臨済宗大本山 妙心寺 公式サイト」より・・・
中国の古い話に、弓の名人の事が書かれていました。この弓の名人は、矢を射るとどれも命中するというものでした。ある時、猿を射たのですが、猿は木の周りを三回まわって逃げたそうです。

するとこの名人の射た矢は、猿を追って木の周りを三回まわって命中したというのです。矢は真っ直ぐに飛ぶものですから、逃げた猿もびっくりした事でしょう。丁度、現代のミサイルのようなもので、どこまでも追っかけて当たるのですからどうにもならなかったのでしょう。

さて、この矢は真っ直ぐに飛んだのかどうかということなのですが、木の周りを回ったのですから真っ直ぐではないと思うのですが、はやり真っ直ぐに飛んでいるのです。何故ならずっと猿を追っかけているからなのです。

この目標・目的に向かって他所へそれないということが真っ直ぐというのですが、多少の回り道や横道であったとしてもずっと目的や目標に向かっている人は、真っ直ぐに生きているということでしょう。そのことが、良い悪いということは別として、目的を持つということは重要なことです。

高額なお金を払って大学にいっているけれど何々をしたいとか、こういう理由でということが無いままの大学生も多いと思います。

目的を達成するための進学でなく、取りあえず社会人になる前の四年間の自由時間的なものとなっているのかも知れません。もちろん、この時間が将来に役立つことも多いと思います。

以前、こんなことがありました。私の子供がまだ小さい頃に海に魚を釣りに連れて行って欲しいということで、魚を釣りに行ったのですが、釣具屋さんの言葉に二の句が継げなくなりました。

「何を釣られるのですか?」と尋ねられるのですが、目的が無いので答えられないのです。何故と思ったのですが、それもそのはず、対象の魚によって仕掛けが全部違ってくるからでした。

結局、何でもいいからということで釣り具を揃えてもらったのですが、なるほど、どのような事でも目的がはっきりしなければ、何にしても中途半端で終わってしまうことを痛感しました。

古来より「一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり、一生の計は少壮にあり」とか、長い人生とは言いますが、目的をもって真っ直ぐに歩み続けることが「生きて来た」と言えるものだと思います。