特捜部の改革が必要だ

「法の番人」である検察。正義と忠誠心を重んじる検察。巨悪に対し、敢然と立ち向かう正義の番人。私たちが抱く検察へのイメージを大きく傷つけたのが、大阪地検特捜部による証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件だった。

地検特捜部の組織ぐるみの不正と断罪されたに等しい。国民の検察への信頼は地に落ちたと言っても過言ではない。あまりにも旧態依然の印象は免れない。それにしてもこんな手法で進められたとは驚愕である。特捜部の体質の改革が必要だ。

不都合な証拠に目をくれず、あらかじめ描いた構図に沿って捜査を進め、否認しても聴く耳をもたない。村木さんの冤罪(えんざい)を生んだ背景には、そんな捜査手法があった。

判決は量刑を述べる中で「検察組織の病弊ともいうべき特捜部の体質が生んだ犯行」と指摘して、執行猶予をつけた理由にあげた。検察の体質そのものが裁かれたと受け止めるべきだ。大阪だけの話ではない。

最高検は再発防止策として、内部監査や決裁体制を強化し、取り調べの録音・録画の範囲拡大などを打ち出している。 そうした改革を実質の伴うものにするしか、国民の信頼を取り戻すことはできない。(朝日新聞社説)

組織やチェック体制の見直し、教育の充実、さらに取り調べの可視化など改革の中身は多岐にわたる。だが、最も大切なのは、「公益の代表者」としての検察官の役割を原点に返って自覚することだろう。

検察官は、逮捕や起訴といった強大な権限を持つ。昨年定めた「検察の理念」では、権限行使が独善に陥らないこと、謙虚な姿勢を保つべきことなどをうたった。まさに、今回の地裁判決の指摘と重なる部分だ。検察は、組織全体が断罪されたと受け止め、改革を進めねばならない。(毎日新聞社説)

取り調べの録音・録画の試行も始められ、特捜事件のほぼすべてで実施、そのうち約四割が全面可視化である。現場からは「自白が得られにくい」などの不満があるというが、適正捜査を志す以上、後退はあり得まい。

「検察の理念」と題する職務指針もつくられ、「独善に陥ることなく、謙虚な姿勢を保つべきである」と記された。この精神が徹底され、改善を積み重ねる努力こそ、信頼回復の近道だろう。(東京新聞社説)