改めて思うまちづくり

まちづくりは、改めて思うのが、箱物を作るのみではなく、地域に住む人々が安心・安全で楽しく暮らせる町であると思います。

現代は、無縁化社会といわれています。地域に住む人の人権は当然守らなければいけないのですが、個人の責任を忘れてはなりません。

激しい時代の流れで、昔のような地域で農業・商業(タバコ屋・酒屋・米屋・魚屋・八百屋など)殆んど地域の産業で暮らしをしていた時代は、他人の他所から来ると言うのは隣町から嫁さんが来るくらいで、人の交流などは少なく、その土地その土地のの特色がありました。

人々の絆が問題となっていますが、その頃は町中で何が起こっても情報は共有していて、何が起きても、お互いに認識することができていました。

今は、大型不動産会社の開発が進み、自然の野山がなくなり、新しく町ができて、大型スパーができ、それに伴い人口は急増してきてきています。

昔から住んでいる人と他所から来たひと達のコミニケーションのあり方や、考え方が違ってしまって、環境・ふるさと志向の人間本来のもっている生活の価値観が多様となってしまっています。開発されない、村や町は過疎化が深刻で、限界集落となって、風化に晒されてしまっています。

問題となっている「町づくりは」そういう時代背景のと人々の暮らしをより良くすることであるが、道路・河川改修したり公共施設、公園・下水道を整備は整ってきつつあるが、その開発が、人々の暮らし方に、同調されないことが問題となってきています。

人の多くは、東日本大震災以降にわかに、昔の絆を思い出し、人と人の絆が叫ばれてきました。しかし、個人情報の法律が施行されたのと、情報化発展と、価値観の多様化で、絆は思うように地域になじめないところもあります。

まち作りは「協働の精神(お互い様)」と「権利の責任の」意識持つことが基本であると思います。

改めて「まち作りとは」・・・

○変化してはならないもの・・・

○してよいもの・・・

○変化しなければならなないもの・・・とそれぞれあります。

私達は、この事を日常生活の中でキチンとわきまえて生きていかなければなりません。大切なことは「変化してはならないものが何か」を、まず先に理解することです。それがなければ、善し悪しを考慮することではありません。

また、何を譲って、何を譲ってはならないのかも解らず、全てを時代の流れに沿って合わせていかなければならず、人類の文化・叡智・教え、は全て「古くさい教え」として葬り去られてしまうからです。