お通夜に出席し思う

「あっそうか、あの人には大分お世話になったなぁー」・・・40年も前のことでは忘れてしまっていた。元会社の先輩の訃報を聞き、昨夜、お通夜に出席した。

人生の過程では、その時、その時代で多くの人に関わり合って現在を生きている。人は、それぞれ生きる道が違う。多くの人に出会い・別れを経て、今を生きている。だから、また新しい出会いを・・・休むことなく新らたに出会う。

当然、古い記憶は、薄れ忘れる。確かにインパクトあり、その人が人生観を変えるまでの出会いがあっても忘れる。有名な本や歌などは、記憶にとどめて置くことが出来ることもあるが、何十年前に会社でお世話になったと言うことだけで、忘れるのは仕方がない。

親や兄弟では、基本的には、性格や肉体的に同じで、血液型は変えることは出来ない。親の血を引き継いでいるが、その血の繋がりさえ忘れてしまっている。言い方を変えれば、遠い昔を忘れることは、現在を懸命に生きている証拠なのかもいれない。

時代の潮流は、穏やかな時も、荒くれる時も、押し流されて行く、大きな船で安泰な人・小船にやっと掴まって流されていく人、それぞれ目的は幸せを求めて懸命に生きている。だから、周りが見えなくなり、忘れても仕方がない。