巨人・大鵬・卵焼き

「巨人・大鵬・卵焼き」の大横綱大鵬幸喜さん(納谷さん72歳)亡くなった。

1960年代は、井沢八郎の「ああ上野駅」の歌が流行って、「金の卵」で就職列車で東京に押寄せた時代でもあった。

産経新聞・・・日本の高度経済成長真っただ中の1960年代、大鵬は61年に横綱昇進し63年と67年には全6場所で優勝するなど全盛期を迎えた。

プロ野球では長嶋、王らを擁した巨人が61、63年に日本シリーズを制し、9年連続日本一のV9は65年に始まった。右肩上がりの経済の中で国民は時代を象徴するような強い存在に熱狂し、当時の子供が大好きなものとして「巨人、大鵬、玉子焼き」の言葉が生まれた。

「忍」の一文字に尽きた人生だった大鵬納谷幸喜さん)

角界入りするまでの幼少時代は「貧困への忍」だった。樺太から北海道へ引き上・兄弟の奉公・家族離散・・・

相撲界入り・・・ライバルの柏戸との闘志・・・妥協を許さない「勝負への忍」が、いまだ破られない32回の幕内優勝につながった。

71年に現役引退し、部屋を起こした後は「病への忍」だった。脳梗塞で倒れ、左半身が思うように動かない。だが弟子の素質を見抜く目と育成への熱意で、多くの関取を育てた。