広場から規範意識を考える


「中学生の遊び」というと私にも中学生の孫がいますが、今の中学生たちの日常生活はどうなっているのでしょう。東京地方にも雪が降った一作日、広場にも雪で一面真っ白になりました。

広場は、地元の有志で長年かけて、広場に手作りしたもので、老人会のグランドゴルフ・ゲートボールなどで使用しています。そして、町会主催の盆踊りや、どんど焼きなどのイベントなどのも行っています。

昨日、その広場に行ってみたら、ベンチの周りや、休憩所の小屋に置かれた、テーブル・椅子・置き傘などが散乱、パンの空き袋・ペットボトル・空き缶などのゴミなども捨ててありました。

ご近所の方の話だと、中学生が10人ぐらいで、バケツぐらいの空き缶を蹴飛ばし・置き傘で,チャンバラをして遊んでいたという。「置き傘で遊んではダメ」と声をかけたのですが・・・遊んだ後は・・・そのまま片付けず、帰ってしまったのです。

最近思うのですが、片付けない子ども達がいるのです。公園や広場に、キャッチボールをして、ボールを片付けないで、そのまま帰えってしまう。その後、野球のボールを片付けるのですが、サッカーボウルまで広場に転がっていることもあるのです。

管理するのは地元町民です。誰が責任者でもありません。みんなの広場・公園です。みんなで管理することになっているのです。

子供達の公衆道徳は、先ずは家庭の躾であると思い、お母さん達の子供会のリーダーに子ども達が広場でどんな遊び方をしているのか・・・帰った後の遊び道具・持っていったジュースの空き缶・ペットボトルなどは家に持ち帰っているのか・・・チエックして欲しいとお願いしたこともあります。

躾は、むかしから「家庭・学校・地域」で行うものだと思っています。社会生活を営む一人ひとりが守るべき「社会的規範意識」欠如の大人になってしまうの心配です。そして人間形成にも影響してくるのでは・・・

人間形成とは・・・生まれ落ちたときから始まり、3歳にして立派な人格が完成していると言われます。また、生涯にわたって人間形成を続けていると思います。そして、アイデンティティを持ち、私はこの仕事によって社会に奉仕し、将来この仕事のオーソリティーになろう。と自分の将来を決めることです。

誰かがやるからいい。市の公園課でするのでは・・・と思っている大人もいるのです。

なぜかと言えば、私がゴミを片付けていたら「よくやっているが、あんた!市の公園課の人、誰かに頼まれてやっているの?」いう人まで現れる始末です。